元スタッフ 自己紹介

ふたたびの悲劇

2009/07/01(水) 日々の事

当時、私がまだ小学生の頃、プロレス中継のある日。その時間になるとなぜか銭湯の、特に男湯が満員になる。(まだ各家庭にテレビも風呂も少ない時代である。)

誰もが大相撲の力士出身の『力道山』の『空手チョップ』に一喜一憂したものである。

バックドロップの『ルーテーズ』 噛み付の『ブラッシー』 四の次固めの 『デストロイヤー』 テキサスドリーム『ファンク兄弟』 技の天才『カールゴッチ』 サーベルの悪魔『タイガージェットシン』 呪術師の『ブッチャー』 鉄の爪の『エリック』等々・・・。個性豊かなレスラー達が…。

そして、事件が起きる。昭和38年12月8日クラブにて『力道山』が腹を刺される。一週間後の15日腸閉塞を併発し一生を閉じる。(戦後の英雄の最後)

この頃のプロレス中継で出血シーンを見てショックを受け、亡くなる方もいると新聞にも報道されていた。

私も高校時代は体育館のマットの上で親友と技の真似事をしていたものだった。

そして今年の6月13日広島市のリングにて、プロレスリング・ノアの社長の『三沢光晴』が、タッグマッチの試合中にバックドロップを受け、頭部強打し動けなくなった。観客(医師)の男性が自動対外式除細動器(AED)で蘇生を試みたが・・・。広島大学病院にて頚髄(ケイズイ)損傷で46歳の若さでこの世を去った。疲労の蓄積にて体調も悪かったらしいが…。(それでも試合に出るのは社長の責務か?)

三沢の試合(最近のプロレス)は見た事は無いですが、いちプロレスファン(昔はテレビに釘付で見ていた)として、少し寂しい限りである。
ご冥福をお祈りします。



            工務店が造る外断熱「共和の家
               (現場 森 俊二)

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